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【連作コラム 見上げればドコモ尻(3)】お漏らしを漏らし

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――今から14年前
ボクが二十歳で新成人を迎えた年のこと。

ボクはDVDやCDなどを扱うレンタルショップでアルバイトをしていた。その日は遅番で、2時の閉店に向けてクローズ作業を進めていた。

深夜1時45分。
お店でたった一つのお手洗いを施錠する。バイト先のレンタルショップは大きな道路沿いにあり、1階が駐車場で2階がお店という、国道沿いのファミレスやステーキ・寿司チェーンなどと似たつくりをしていた。駐車場の一角にあるお客さんと従業員兼用のトイレにカギを掛けたこの行為が、安息の地への退路を断つことになるなんて、この時点のボクは知る由もなかった。

あともう15分以内に、この店でボクはお漏らしをする。
でも、このときのボクはまだ、ボクのお尻がヘビメタを熱演するなんて1㎜も考えていなかった。

(もしも過去か未来にいけるなら、どちらを選ぶだろう?)

お店の2階に戻ってレジのお金をまとめていたら……急にキタ。お腹に違和感。ボクはお腹が弱い。何でだ? 休憩のときに食べたコンビニ弁当のせいか? それにしてもどうして今ごろ……バイトの終了まで……あと5分もない。耐えられるか? 耐えられるのか??

ボクはマインドフルネスのことはよくわからないけれど、おしっこやうんちを我慢しているときに瞑想はできないと思う。ああ、あと5分。まだ5分もある。ボクはレジカウンターの後ろに置かれた返却されたDVDを何枚か手にとり、フロアへ戻す作業に取り掛かる。このままカウンターにとどまっているより、何か作業をしていたほうが気が紛れるはず。

マインドをフルに使いつつお腹のギュルリと戦ったけれど、フロアを歩いている途中でボクは漏らしてしまった。何を漏らしたかって? ボクは二十歳。新成人にもなってそんなのは言えない。ただ、ボクのお腹がJAWSに襲われた結果、お尻から少しばかりお水みたいな惨劇が飛び出した。それだけだ。

店内にお客さんはいなかったが、数人の同僚にバレないよう気をつけて歩く。お漏らしはしたが水のようなのがパンツに滲んだだけで、ジーンズまでは到達していないっぽいことだけが不幸中の幸いかもしれない。このときほど、バイトの服装が下はジーンズだったのに感謝したことはない。

ボクが手にしたDVDは洋画のSFコーナーのものだった。お腹の痛みと漏らす漏らさないの葛藤から逃れるために急いで取ったから、どのコーナーのDVDか気にしている余裕もなかった。
SFコーナーの棚から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のケースを取り出し、手にした透明のDVDケースを挿し入れる。マーティンもドクも、ボクを救えなかった。ボクのお尻を。
『JAWS』のDVDがなかったのは、ボクのお腹・お尻に第二波が来なかったのと関係しているかどうか、ボクにはわからなかった。

ようやく2時になり、同僚たちとともに店内から事務所へ。みんなの一番後ろを歩く。前を向きつつ、ボクの意識はお尻が濡れていないか(すでにお尻は濡れているので、正しくは外から見てお尻が濡れているように見えないか)だけに集中している。歩き方はぎこちなくなっていないだろうか? 焦るなよ。変に焦って急いで帰るほうが、何だか怪しいぞ――そう自分に言い聞かせる。

いつものように同僚たちと少し話をしてから、事務所を後にした。(この人たちはボクがお漏らししたのに気づいていて、腹の中じゃ嘲笑いながら話してるんじゃないか?)同僚との会話は上の空――というより下の尻のことしか考えられなかった。

帰りの自転車はもちろん立ちこぎ。
ボクは尻を濡らしたまま閑静な住宅街を駆ける。パンツが泣いている――そんな風に思うほどおセンチではなかったと思う。

赤信号で停止、ブレーキをかける。
もちろんお尻はサドルに置かず、サドルの少し前で立ったまま信号が変わるのを待つ。ただ待つ。お腹に違和感を抱えたままバイトの終了時刻をひたすら待ったあの5分間――閉じられた5分間――とは大違いのスピードで、信号は青になった。

お漏らしの前、トイレを施錠する時点でお腹の違和感を察知できていたなら――。
こんな悲しい出来事、早く夜が明けて忘れてしまいたい――。
過去にも未来にも行けないボクは悲しみと悔いの跡をお尻に滲ませたまま、ただ自転車をこいで家路を辿るしかなかった。

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